伊都国女王卑弥呼 >三雲・井原遺跡鑓溝地区現地説明会1094番地



三雲・井原遺跡鑓溝地区現地説明会1094番地



21年3月に三雲と井原に広がる鑓溝で発掘調査の説明会があるということで行ってきました。 場所は伊都国の中心といえる場所で今回は伊都国歴史博物館に車を止め歩いて現地に向かった。 現地に近づくと森が奥に見える。その森の様に見えるのは細石神社。

場所は県道の横で数年前道路拡張工事の際、発掘調査が行なわれた反対側に位置する。 弥生時代後期の墳丘墓、木棺墓、甕棺墓等でそれ以外にも鎌倉時代の溝が発見された。

壷15号祭祀土杭
ガラス小玉

21号木棺墓から発見されたガラス小玉。資料には80個以上となっているが、説明会当日には既に400個以上確認されている。

甕棺

よく見ると上の部分だけ赤い甕棺。

道路側

県道側(西)県道の反対側にも広がる。

中世の溝

奥に見える森は細石神社。その左側には三雲南小路遺跡がある。 三雲南小路遺跡は江戸時代、発見され青柳種信が駆けつけた。 その時、過去にも同様な事があった(井原鑓溝)と知り「柳園古器略考」にまとめている。 また当時現存していた鏡、巴形銅器の拓本が残っている。

この井原鑓溝の王墓を再発見する為に発掘調査が行なわれている。 三雲南小路王墓の場合は「柳園古器略考」に「南小路」、青柳種信の「筑前続風土記拾遺」には「彦神細石社の 西半町田間」と書かれ中山平次郎によって推定され、後の昭和の調査で一発で発見できたが、 井原鑓溝の王墓は未だ特定できていない。

前原市がこの地を継続して調査しているのは 井原鑓溝の王墓の再発見に力を入れているからだ。発見し国指定を受けたいとのこと。 現段階で弥生時代後期の墓域の範囲をほぼ特定することができたが 肝心の王墓の位置は西側の地点に絞られてきたと説明があった。

1号墳丘墓
36号甕棺墓

調査地域には南西のグループと北西のグループに分かれる。
南西グループはガラス小玉や朱があり以前の調査で鏡を副葬していた同じ身分が高いグループ。
北西グループは甕棺墓が主体となり副葬品はガラス小玉だけのグループ。

また木棺墓には鏡とガラス玉と朱の組み合わせばかりであり、甕棺はガラス玉のみの 副葬で身分の差があり男女の違いの可能性もあると説明していた。

21号木棺墓
甕棺墓
人骨

伊都国を見る
伊都国を見る