伊都国女王卑弥呼 >倭国乱の時期


倭国乱の時期



倭国乱、倭国大乱といえば倭人伝に「其国本亦以男子為王住七八十年倭国乱相攻伐歴年乃共立一女子為王名曰卑弥呼」とでてきます。

この倭国乱の時期についていえば魏志倭人伝には正確な年代を書いていません。

しかし後漢書の范曄がこれについて「桓霊」の間の年代としています。 本当にこの年代と考えていいのでしょうか。 女王卑弥呼が死亡したのは二百四十年代後半ですが、寿命という点から考えると女王卑弥呼は二百年頃の生まれと しか考えられません。

女王卑弥呼よりも1000年以上後の織田信長の時代でも人生五十年ですから、これより短いのは容易に想像できます。 ですから女王卑弥呼は二百年頃、以降に生まれたと考えられるし、 范曄が誤解していたのは間違いないと思います。 范曄は五世紀に生きた人です。

ではいつ頃倭国乱があったのでしょうか?肝心の漢が滅びた のは220年なのでこの漢の滅亡が、影響を与えて女王卑弥呼の国と「倭国」の大国である奴国が戦いを始めたと考えられるのでは ないでしょうか。

これを女王卑弥呼の年齢に当てはめると二十代で漢が滅びたことによって戦争が始まり、三十代になって共立されたとするのは 女王卑弥呼が共立された時にある程度年齢を重ねていた点から考えても妥当な年代だと思います。


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