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伊都国歴史博物館に行く



ここでは伊都国歴史博物館に行った記録と行くまでの身に起こった 体験を記録しています。

一日目 二日目 三日目 四日目 /二度目 /以降

一日目




この日の天候は羽田はよかったのであるが福岡が悪かった。 途中高度が下がってきた頃から飛行機が揺れ始め、よく揺れるなと思っていました。志賀島のあたりに 来るといつもよりちょっとコースが違うことに気がついたのです。

普段より西側のコースを飛び飛行機は 福岡市上空を横切り南へと向かい、そして大きくカーブ。福岡に長年住み、空路の真下に住んだこと もありました。しかし初めて南からの着陸でした。よく揺れた。

約1年ぶりの福岡である。久しぶりに天神に向かい天神のホテルにチェックインした。これはツアーを 利用している為であるが久しぶりなのでラーメンなど食べたかったから丁度良く、そしてホテルに 泊まる為一日余分に日程を組んでいた。ホテルでゆっくりしバスタブに浸かりジャズを聴いていた。 普段バスタブには音源がないので、バスタブに浸かりながらの音楽もまたいいものだと感心しながら 時間が過ぎていった。

夕刻ラーメンを食べにキャナルシティに行こうと準備していて、カーテンを 開けてみた。すると外は嵐で風は以前より強く、また雷も鳴っている。これは諦めるしかないと考え、 大人しく部屋にいることにした。これは飛行機早い便でよかったかもと思いながら久しぶりの 福岡の街を眺めていた。


二日目

朝食をすませて部屋でノンビリとしていた。そろそろキャナルにいこうと思い。ホテルをチェックアウトした。 天神からキャナルまで100円バスがでていて本数もいっぱいあるので普通ならバスに乗るところだが 久しぶりの福岡なので歩いて行くことにした。

途中中州の屋台があるところに閉店後の屋台がいくつも 放置してあったが、近くの女性二人組みが『屋台、屋台』といいながら写真を撮っていた。しかし、屋台だけが 日本語であとは韓国語であった。韓国では屋台めずらしいのか?多分あると思うけど。そしてラーメンを食べ、 今回は一蘭にした。このラーメンはちょっと独特なラーメン屋(カウンターに仕切りがある)。東京にも あるというのは知っていたがまだお目にかかった事はない。

そのまま天神に戻りブラブラ一年前と変わっていない ようだったが、ある建物から外を見ると横断歩道を同じ傘をさした集団が渡っている。あとで気がついたが、 これは大丸が地下通路が工事中で通行出来ないため地上に出てきたお客さんに傘を渡していたのである。 このまま実家に向かい天神を後にした。

家に着いて見ると犬が一匹しかいない。聞いてみると死んでいたのである。 今回の帰省で楽しみにしていたものが半分になった。体調が悪く通院していたのは知っていたが、死んでいたのは 衝撃だった。死んだ後電話をしたのだが私が出られないので、後で掛けるつもりのままそのままになっていたようだ。

この一年間に変わったことといえば犬が死んだこと、祖母が手術したこと、となりの○○さんが引越ししたこと、 200メートル程離れたパン屋さんが廃業して、その建物をbefore afterビフォーアフターという番組でリフォームした こと、そして伊都国歴史博物館が開館したことである。改めて考えて見るとこの一年間というのは結構変化したような 一年だと感じた。


三日目

今日は伊都国歴史博物館に行こうと決め、行く方法を考えた。そこは公共機関が正直不便なところに あるので、地下鉄で行ったとしても駅からはタクシーが現実的である。福岡を離れるときに車を手放したので、東京では不便ではな いけどもココでは車がほしいところである。

そして自転車でいくことに決め妹の自転車を借り、手袋を してペダルをこぎはじめた。しかし妹はここには住んでなくて自転車は倉庫に置かれたままであったので タイヤに空気が抜け入っていない。自転車屋まで行き空気を入れ進路を西に向かうと、雨が落ちてきた。今日の天気は 晴れで10パーセントの確率だったのに運が悪い。おまけに風も強い。途中で進路を変え野方遺跡に向かった。

ここは通学路の途中にあったのでよく前を通っていたが建物の中に入るのは初めてである。 弥生時代と古墳時代の住居跡があり建物に覆われている場所である。中には出土した鏡が二面あったが お世辞にも大きくなく手のひらサイズの鏡である。

自分以外だれも見学者はなく管理人のおじさんだけだった ので話しかけたら話込んだので一時間半は立ち話をしていたようだ。おじさんは既に伊都国歴史博物館には 行ってきたそうである。しかし団体だった為、時間があまりなくゆっくり見られなかったそうだ。

またこの野方遺跡に興味があった理由はイキという地名が残っている点である。ここから海岸線まで写った写真が あるが、この数キロというのは伊都国のはずれに位置する場所であるわけであるが当然伊都国の勢力に 影響を受けてきた地である。

勢力的にはココは伊都国の勢力範囲に入り、イキという地名が残っているこの地は 重要な位置だと認識しています。

途中親子連れの母親が道を尋ねてきた。『飯盛山はどこですか?』と聞いてきたので指を指し 『あの方角に山が飯を盛ったように見える山が飯盛山です。』『ここからどの位?』『歩くとかなりあります』 『飯盛神社もありますか?』『山の麓にあります』。飯盛山は福岡市側から見ると特徴的な形をしていて目立った山である。 この日はこのまま家路についた。


四日目

この日はいよいよ伊都国歴史博物館に行く日である。自転車で行くコースは高校時代伊都国側の高校に 通っていたので今日の大半の道のりは昔のままである。しかし途中越えないといけない山があり 今の自分にとってはきつかった。

途中で自転車を押し坂を超え伊都国側に着いた。歌舞伎町の女王椎名林檎が 通っていた高校の横を通り久しぶりの自転車と伊都国に満喫しながら走っていると、そういえばデジカメ用の 電池を買うつもりでいたのを忘れてしまったが、それに気づいた時には伊都国の田園の中を走っていた。 当然店はなく、店を知ってはいたが今は自転車である。冷静に考えた結果、 平原遺跡 に行く途中だったら 店があることに気づき気分は落ち着いた。

伊都国歴史博物館につくといきなり声を掛けられた。道を 聞かれたが目印なんて思いつかない。あいまいに説明すると何とか納得してくれた。ここに来るのは 実は初めてである。何度も車で前を通ったことはあるが中に入るのは今回が初めてである。

以前仕事で 平原遺跡 を発掘された原田さんのお宅に行ったことがある。行ってはじめて気がつき奥様に『平原遺跡を発掘された 原田さんのお宅ですね。』と話したら喜んで下さって、仕事で行ったにもかかわらずお茶とスイカを頂いた記憶 がある。

発掘の費用に関する話(原田氏は私財を投じて費用を工面していた)や 生前の著書を読み返しているところだと説明されました。 お宅には 平原遺跡 から出土した鏡を修復された建物が建っていました。奥様から『資料館に是非行きなさい。』 といわれていたのだがしばらく行かないままで、やっとこの日に来ることになったのである。

新館はもちろん綺麗だったが受付をすまして上に行くと中には老人二人がいた。(失礼なので)人生経験が豊富な 方が二人いらっしゃいました。しかしすぐに別のところに行かれたので展示の場所にいるのは自分一人であった。 平原遺跡から出土した鏡が目の前にある。 日本一大きな鏡(内行花文鏡)が目の前にある。

前日見た野方遺跡の手のひらサイズの 鏡と比べると、とてつもなく大きい。 平原遺跡 以前の三雲南小路遺跡、井原鑓溝遺跡は既に江戸時代に発見されており、この記録は 青柳種信の「柳園古器略考」に記録されている。

また楽浪系土器に関していえば、楽浪系土器が集中して出土するのは伊都国の特徴であり、 集中するという意味では日本で唯一の場所だといっていい。なんともいえない気分だった。

また太刀が展示してある、 上町向原遺跡から出土した太刀で、約120センチの長さのこの太刀は魏の時代の一尺24センチ掛ける5で 私が卑弥呼が魏から貰った 五尺刀二口 の一つと考えている太刀である。これらが目の前にあるのに誰もいないという 状況に胸がドキドキした。

また上に上がってみると先ほどの人生経験が豊富な方々が本を読まれていた。 側を通るとこちらを振り向かれたので軽く会釈をして通り過ぎた。ここは伊都国が展望できるように なっていて景色がいいところであった。

そして下に下りて行き受付に行った。展示品に音声案内ができるように なっていたが、最初にココで有料の機材を借りて聴くシステムになっていることにはじめて気がついた。 ちょっと質問したかったのだが『今日は学芸員が全員外にでております。』といわれ質問ができなかった。

外にでて原田大六氏の像を見に行ったが思ったより大きかったです。そのまま平原遺跡へと向かったが 途中でデジカメの電池を忘れずに店に寄った。そこから平原までは少ししか離れていないが、平原遺跡は 丘陵にあるのでやっぱり自転車を押して登るはめになってしまう自分が情けなかった。言い訳をするならば 風が強かったことにします。 平原遺跡 に着くとやっぱり誰もいなかった。電池を入れ数枚の写真を撮り帰ること にした。

帰りももちろん山を越えて帰らなければならないが、帰りは少し追い風になったので楽でした。 自宅についてみると足はパンパンにはっていたが目的は今日達成したのでこれでよしとしよう。


二度目

二度目にまた伊都国歴史博物館に行く日がやってきた。 今回もツアーを使い天神のホテルに宿泊していたので、朝ホテルを出て 直接地下鉄に乗り周船寺駅まで行った。駅に着く前新しい駅に停車したので外を ジロジロ見ていたけども、駅前は工事中であり、また道も出来たばかりのようであった。

周船寺駅についてみたけど、まだ八時過ぎだったので伊都国歴史博物館の開館までまだ時間がある。 そこで駅近くの伊覩神社に歩いていった。 何度も前を通ったことはあったので行かなくてもいいかなとも考えたけど、 せっかくなので画像がほしかったので、案内図の写真を撮った。

祭神はニニギノミコトが祭られている。やはり降臨の地は伊都国なんだ!と考えた次第です。 駅に戻りタクシーに乗り伊都国歴史博物館へと向かった。せっかくなので近くにある細石神社に寄る。 ここも来た事があったので撮り終わるとすぐに出てしまったが、もう少し ゆっくり居て撮ってもよかったかも知れない。ここからまたタクシーに戻り博物館に行った。

運転手さんに『あまり伊都国歴史博物館行く人いないでしょ?』と聞くと『ハイ』と答えられたが、 そこで間髪入れずに『でもいつか全国から人が大勢くるようになりますよ!』と答えておいた。 着いてみると九時二分前、大きな荷物を持ったまま受付に向かうと受付のオバサン(お姉様) が『遠くからようこそ来られました。荷物はロッカーにどうぞ』

といわれたがすぐに 『でも入らないですねぇ』といわれてしまった。福岡市出身の私は、『タイヤ(キャスター) が付いとぉけん大丈夫ですよ』と返事をしたので、遠くから来た私は帰省だということは 説明しなくてもわかってもらえたと思う。

伊都国歴史博物館自体は変わった事はないけど、土曜日の九時から出てくるまでの間 誰も来ていなかった。それはダメですよねぇ、早く人であふれるようになってほしいです。 帰りに資料を買い、タクシーを呼んだ。タクシーを待っていてもなかなかこない。 外の道に腰掛けて待っていた。外にはジョギングしている人がいてイイ天気だ。 遅れてきたタクシーは北側の資料館(旧館)の方で待っていたそうだ。

タクシーに電話した時も『井原(イワラ)の博物館です』と言ったのに『何博物館ですか?』 と聞かれてしまったので、ちょっとイヤな予感がしたけどやっぱりそうだった。

今回帰省したのは友達が結婚する為だったので次の日天神へと向かった。 実家がある町内に最近地下鉄が開通し、駅が出来たので試しにこれに乗って天神まで行くこと にした。駅はこじんまりとしていたけど、地下鉄自体も小さな車輌が使われていて見た目は カッコイイ!先頭車両に乗って見ると運転手がバスのように丸見えで、仕切りがない。

将来的には無人運転するそうなのでこれでいいのかもしれない。神戸のモノレールに乗った時も 無人運転していたので、技術的にはこれで問題ないのだろう。 乗っていると途中で気分が悪くなってきた。前の日から寝てないのもあったかもしれないけど、 途中の止まる駅の間隔が短いようで、先にぜんぜん進んでない様な錯覚にもなった。 天神に着くと気分が悪いせいか、地下街が異様に長く感じる、実際長い。雨の日だったけど確かに これだけ長いと傘は持って行かなかったし必要がない。

二次会のゲームに使う景品を買いに店に行った。 そこで幾つかの商品を選び、そして今回の大役、一位の景品選び を友人と私に任せられた。今回の一位はiPodと決まっていたので電気屋を二件廻り 予算内で選ばせてもらった。結局一位は会社の人だったけど商品名を発表した際それなりに 反応してもらったのでコレでよかったと思う。

ゲームはダーツバーだったが、 ルールが分からないし、やった事もない。結局買い物にいった私は景品ナシだった。

東京で散髪に行っていると私が福岡出身だということを知っているお兄さんが聞いてきた。 『博多うどんってあるんですか?』博多のうどんの説明をしたので、帰省の今回食べたくなってきた。 空港に到着した際、近くのうどん屋に行こうとバス乗り場に向かった。財布の中身を確かめてみると 小銭がない。

両替しようとコンビニに行くつもりで歩き始めたが面倒なのでそのまま歩き始めた。 記憶ではそんなに遠くない距離だったけど、歩くと結局遠かったです。 有名なチェーン店がありそこで注文を出した。するとソバがでてきて驚いたが、 そういえば慌てて注文したのはソバだったのを確認したので、そのまま食べた。 最終日にでもまた寄って食べたらいいやと思っていたけど、 結局今回はうどんを食べる事はできなかったので次回は食べてみよう。

博多のうどんの特徴は麺がすごく軟らかい 代わりに麺がスープをよく吸います。そこで上記のチェーン店ではスープを テーブルに置いてあり補充できるようになっています。昔はオバちゃんがやかんにスープを 入れて来てくれていた。

スープをよく吸った麺はパンにコーヒーを浸して食べるようにおいしい。 博多にしかないメニューとしてごぼ天うどんがあります。ゴボウを揚げているうどんです。 お勧めします。



これまでは東京から帰省する度に足を運んでいたが、 今年から福岡に住むことになったのでこれからは何度も足を運べそうだ。 引越ししてから荷物が片付いたので伊都国歴史博物館に行った。 展示室に入ったらボランティアの方がいらっしゃった。 鏡を見ていた時に西谷館長(現名誉館長)が中に入ってこられた。 あいさつをすましすぐに伊都国に興味があること、ネットでサイトを運営していること 等を話した。

この少し前に読売新聞の方がこられていて話をされているようだった。 ここで館内の電話が鳴り相手は西谷先生だった。ボランティアの方が電話に 出られたが、その内容は目が覚める内容だった。 先日伊都国で奈良時代?の遺物が発見されたのでそれを今から見に行くというのだ。 そしてそこに一緒にいかないか?というものだった。 一緒に同行したのは西谷先生、職員の方、ボランティアの方、読売新聞の方、私の五人だ。 二台に分乗して現場に向かった。

現場は山だったが足場が悪くぬかるんでいた。現場では作業中だったが、 場所を的確に説明してもらったので状況を把握できた。 ここからの眺めはすばらしかった。

福岡に帰ってからまだ数日しか経っていないのにこれだけの 体験ができた。帰ってきた実感が湧き改めて帰ってきてよかったと実感した。 これから後に何度も伊都国に足を運んだけど伊都国歴史博物館以外の場所を回った。 伊都国を感じる為だ。



以降

また行く機会に恵まれた。 今回は伊都国歴史博物館にある資料を見に行こうと決めていた。 今まで博物館に行く目的は展示を見に行くことだけだったが、以前少しだけ立ち寄った 博物館4階にある資料をゆっくり見たいと思ったからだ。同時にそこは展望台になっていて景色がいい。

周船寺駅

今日も電車に乗り周船寺駅に向かった。そこからタクシー。 以前博物館からタクシーを呼び来てもらった際、北側の旧資料館の方にタクシーが来て困ったことが あった。今回の運転手も資料館の方に車を止めようとしていたので南側の博物館に回って貰った。 プロの運転手も需要がないとこうなってしまうんですね。

博物館には僕以外に熟年夫婦だけだった。 展示の関係で「五尺刀」は一階に展示されていた。 中は撮影禁止なので撮影はしてないが、この五尺刀は 入館の際貰える資料に画像が載っている。 外に出ると東側の川に向かった。以前もここに来たことがあったが 都会の川にはない趣があり自然と足が向いた。

博物館横1

鳥がいて対岸の家族がえさをあげていた。随分と人に慣れている、まあ大濠公園の野鳥もそうだけど。

博物館横2

これを見るとああ、ここは伊都国なんだなと実感できる。


伊都国を見る
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